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東京高等裁判所 昭和32年(ネ)692号 判決 1961年8月30日

控訴人 瀬川吉次

被控訴人 株式会社高橋羅紗店 外一名

主文

控訴人の本件反訴についての控訴並びに本訴についての被控訴人高橋久雄に対する控訴を棄却する。

原判決中本訴についての被控訴人株式会社高橋羅紗店と控訴人に関する部分を次のとおり変更する。

被控訴人株式会社高橋羅紗店が控訴人に対し別紙目録記載の約束手形の手形金支払義務を負担していないことを確認する。

被控訴人株式会社高橋羅紗店の控訴人に対するその余の請求(約束手形引渡の請求)を棄却する。

訴訟費用は、本訴の第二審訴訟費用のうち被控訴人株式会社高橋羅紗店と控訴人との間に生じたものを五分しその一を同被控訴人の負担とするほか、本訴反訴とも第一、二審を通じ全部控訴人の負担とする。

事実

控訴人訴訟代理人は、原判決を取り消す、被控訴人の請求を棄却する。被控訴人らは控訴人に対し金百六万九千百二十五円及び内金五十六万九千百二十五円については昭和二十八年三月六日から、内金五十万円については同年同月二十五日から、それぞれ昭和二十九年六月十四日までは年一割、同月十五日から支払済まで年一割八分の割合による金員を支払え、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とするとの判決並びに仮執行の宣言を求め、被控訴人ら訴訟代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述及び証拠の関係は、被控訴人訴訟代理人において、原判決事実摘示における被控訴人主張事実中(三)の(ロ)の一覧表中3の最下欄の「三八、八九八円」は「三五、八九八円」の、また7、8の最下欄の「四三、一〇五円」は「六三、一〇五円」の、それぞれ誤であるから訂正する、控訴人の留置権の抗弁に関する法律上の見解はこれを争う、本件反訴が時機に後れた攻撃防禦方法であり、却下されるべきものであるとの抗弁は撤回する、控訴人の被控訴人らに対する反訴請求に対しても、原判決事実摘示における被控訴人主張事実中(三)に記載の金百六十万九百十四円及び(四)に記載の金十三万二千五百円の反対債権による対等額における相殺を主張する(当審における昭和三十三年九月八日午前十時の口頭弁論期日において右主張陳述)と述べ、控訴人訴訟代理人において、たとえ本件(三)手形がその要件の記載を欠くためその振出行為が無効であるとしても、裏書人は裏書行為によつて手形面表示の債務を負担するものであり、裏書は独立性を有するものであるから、振出の効力の有無は裏書の効力に影響を及ぼさない。従つて裏書人たる被控訴人高橋はその責任を免れないものである、また、仮に控訴人と被控訴会社との間の合計金百六万九千百二十五円の消費貸借契約が無効であるとすれば、被控訴会社は右契約によつて借受金として受領した右金員を不当に利得したものであるから、直ちにこれを控訴人に返還すべきものであり、本件約束手形三通は被控訴会社が右消費貸借上の債務の支払方法として振り出して控訴人に交付したものであるから、控訴人は、被控訴会社の本件約束手形の返還請求に対し、右手形の占有者として、右不当利得返還債権の弁済あるまで、これにつき留置権を主張する、従前主張の同時履行の抗弁は撤回すると述べ、被控訴人ら訴訟代理人において、新たに甲第五十一号証ないし第五十三号証を提出し、当審における証人宮越あつの証言及び被控訴人高橋久雄本人尋問の結果を援用し、控訴人訴訟代理人において、新たに当審における証人高橋竜象、武新十郎、海老原竹之助の各証言及び控訴人本人尋問の結果を援用し、甲第五十一ないし第五十三号証の成立を認めたほかは、原判決の事実摘示に記載されているとおりであるから、ここにその記載を引用する。(ただし、原判決の事実摘示に記載されている甲号証の認否中甲「第二十四ないし三十五号証の成立は不知」とあるのは「甲第二十二四号証及び甲第三十五号証の成立は不知」の誤記であるから訂正する。)

理由

控訴人が(一)金額二十五万円・満期昭和二十八年三月五日・支払地及び振出地東京都千代田区・支払場所株式会社三和銀行神田支店・受取人及び裏書人被控訴人高橋久雄・振出日同年二月五日・振出人被控訴会社(二)金額三十一万九千百二十五円その他の要件は(一)と同じ(三)金額五十万円・満期昭和二十八年三月二十四日・振出日記載なし・その他の要件は(一)と同じの各約束手形一通合計三通の所持人であること

並びに右(一)ないし(三)の手形は、控訴人が被控訴会社に対し昭和二十七年十一月二十三日金七十五万円、同年十二月十二日金三十一万九千百二十五円をいずれも利息は日歩二十銭と定めて貸与し、被控訴人高橋がその連帯保証人となり、その支払の方法として、被控訴会社が被控訴人高橋にあてて振り出し、被控訴人高橋がこれに裏書して控訴人に交付した手形が書き替えられたものであること、控訴人は昭和二十六年五月被控訴会社の設立当初からの取締役であり、右貸借及び手形振出当時も同会社の取締役であつたが、これらの貸借及び手形振出につき被控訴会社取締役会の承認がなかつたことは当事者間に争がない。

被控訴人らは、右貸借は取締役会の同意がなくしてなされたものであるから商法第二百六十五条に違反し無効であると主張するのに対し、控訴人は商法第二百六十五条にいう「取引」とは会社の利益を害するおそれのある行為ないし会社と取締役との利害が衝突するおそれのある行為をいうのであつて、同条に明示されている「取締役が会社から金銭の貸付を受け」る場合と反対に、会社が取締役から金銭の貸付を受けるのは、会社にとつて利益でこそあれ、会社に損害を及ぼすおそれがあることなく、両者の間に利害関係の衝突を来たすべきおそれはないから、このような行為は同条所定の取引に当らないと抗争するので、この点について考える。同条が、取締役と会社との間の利害衝突のおそれのある行為ないし会社の利益を害するおそれのある行為について、取締役会の同意を得べきことを規定したものであることは、控訴人主張のとおりであつて、会社の利益を害する余地のない行為は同条の取引に含まれない。したがつて取締役の会社に対する金銭貸付でも、それが無利息無担保の貸付であるような場合には、なんら会社の利益を害することがないから同条所定の取引に該当しないことが明らかであるけれども、控訴人主張の如く取締役が会社に対し金銭を貸し付ける行為が、常に会社にとつて利益であつて、会社に対し損害を及ぼすおそれがないものと断定することはできない。けだし、取締役でも会社に対し苛酷な条件で金銭を貸し付け、もつて私利をはかろうとする者が無いとは保し難く、そのような金銭貸付は会社に損害を及ぼすおそれがあり、取締役と会社との間に利害の衝突を生ずるおそれがあるからである。今本件についてこれをみるのに、本件貸借は、いずれも日歩二十銭の約定で貸付がなされたものであることは当事者間に争がなく、これを年利率に換算すれば利息制限法所定の制限利率をはるかにこえる七割三分という高利率であり、そして当審における控訴人瀬川吉次及び被控訴人高橋久雄各本人尋問の結果(ただし控訴人尋問の結果中後記採用しない部分を除く。)を綜合すれば、控訴人は元貸金業を営んでいた者であること、控訴人は被控訴会社設立の当初から同会社の取締役となり主として同会社の資金関係を担当していたが、個人としても屡々同会社に金銭を貸し付けていたものであるところ、その貸付に当つては概ね控訴人が株式会社東京相互銀行から日歩三銭で資金の融資を受けたうえこれを被控訴会社に対し日歩十五銭ないし二十銭で融通していたものであること等の事実を認めることができ、これらの事実をもつてすれば、本件貸借は控訴人が会社の損害において自己の利益をはかるためになしたものと推認することができる。控訴人本人尋問の結果中右認定と抵触する部分は採用し難い。

してみると、本件貸借はいずれも右法条にいわゆる「取締役会の承認を受くることを要する取引」に該当するものというべく、これにつき取締役会の承認を得なかつたこと前示のとおりである以上、右貸借は同条に違反し、無効であるといわなければならない。(もつとも、当審本人尋問における被控訴人高橋久雄本人の供述によれば、日歩十五銭ないし二十銭は当時の相場であり、しかも被控訴会社としては既に取引銀行から限度一杯の借入をなし、それ以上資金を借りることができない状況に在つたというのであるけれども、このような事情を考慮に入れても同条の法意に鑑みるときは右結論を動かすに足りず、右のような事情の存することからは、取締役が会社に対し前記のような高利の金銭貸付をなすにつき同条の適用がなく取締役会の承認を受けることを要しないものとすることはできない。)

そうすると、被控訴会社は、右消費貸借契約上の債務を負担せず、その連帯保証人である被控訴人高橋としても控訴人に対し右借受金の返済義務を負担しない。従つてこれら債務支払のため振り出され又は裏書されて控訴人に交付された本件約束手形金についても、被控訴人両名は控訴人に対しその支払義務を負担するものではない。してみれば、前記三通の手形につきその支払義務がないことの確認を求める被控訴人らの本訴請求は他の点に対する判断をまつまでもなく、理由があるからこれを認容すべきものとする。

次に被控訴会社の控訴人に対する本訴手形引渡の請求について判断する。

当事者間における手形の授受が特定の法律行為に基きなされた場合に、その法律行為が無効であつたときは、当事者間の手形の授受は、その原因を欠くから、手形を交付した者は、これを受け取つた相手方に対し、該手形の返還を求めうるものというべきところ、前記のように被控訴人らは、控訴人に対し、右消費貸借契約による借受金の支払方法として右手形を振り出し又は裏書してこれを控訴人に交付したのに、右消費貸借契約は無効であつたのであるから、右は当事者間において手形授受の原因を欠くものであり、その手形を所持する控訴人は、被控訴会社に対し、これを返還すべき義務があるものといわなければならない。

しかるに、控訴人は、もし右消費貸借が無効であるとすれば被控訴会社は借受金額を不当に利得したものであるから、控訴人はその返還があるまで本件手形につき留置権を行使すると主張するので以下この点について考える。控訴人と被控訴会社との間の本件消費貸借契約が無効であることは前記のとおりであり、右消費貸借が無効である以上、被控訴会社は右契約に際し借受金として受け取つた金銭はこれを不当利得として控訴人に返還すべきである。ところで民法第二百九十五条は留置権成立の要件として「他人の物の占有者がその物に関して生じた債権を有するとき」と規定するので、まず控訴人の占有する本件手形が同条にいう物といえるかどうかが問題となる。手形のような有価証券は有価証券としての効力を保持する限り、その本体は証券と結合された権利であつて証券は単にそのような権利のための手段に過ぎないからこれを有体物として同条にいう物として取扱うことは困難であるばかりでなく、商事留置権につき商法第五百二十一条が「債務者所有の物又は有価証券」と書き分けていることに鑑みるときは、手形等の有価証券は一般には右にいわゆる物には包含されないものといわなければならない。しかしながら、本件手形は、前説示のとおり、控訴人において何人に対しても右手形に表示された手形金の支払を求めることができないものであつて、このようにその支払を求めることができないものである以上、これら手形はもはや有価証券としての価値のない一の紙片としての有体物と認めて妨げなく民法第二百九十五条の物にあたるものと解するのが相当である。そして控訴人の右不当利得返還請求権が本件手形自体から生じたものでないことはいうまでもないけれども、右の不当利得返還を求める控訴人の債権と控訴人が被控訴会社に対して負担する本件手形の引渡義務とは、共に本件消費貸借が取締役会の承認を得なかつたため無効であるという同一の法律関係から生じたものであることは既に説示したところから明らかであるから互に索連関係を有するものというべきである。してみると、控訴人の右留置権の抗弁は理由があることとなり、控訴人は被控訴会社が右不当利得金の返還をなすまで本件各手形の引渡を拒むことができる筋合であつて、被控訴会社の控訴人に対する本件手形の引渡を求める請求は結局理由がないものというべきである。

次に反訴請求については、被控訴人主張の消費貸借の事実は被控訴人らの認めるところであるが、右消費貸借は、これにつき被控訴会社の取締役会の承認がないので、無効であり、従つて被控訴人高橋も右消費貸借契約上の債務につき保証責任を負担しないものであること、本訴に対する判断において述べたとおりであるから、控訴人の反訴請求は理由がない。

以上のとおりであつて、原判決が、被控訴人らの本訴手形金支払債務のないことの確認を求める請求を認容し、控訴人の反訴請求を棄却したのは相当であるが、被控訴会社の控訴人に対する本訴手形引渡の請求を認容したのは不当であるから、控訴人の本件反訴についての控訴並びに本訴についての被控訴人高橋久雄に対する本件控訴はいずれも理由がないものとしてこれを棄却し、被控訴会社の控訴人に対する本訴請求中手形債務のないことの確認を求める部分は理由があるから正当としてこれを認容すべきであるがその余の請求は理由がないからこれを棄却すべきものとしその点で原判決を一部変更し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、第九十二条、第九十五条、第九十六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 川喜多正時 小沢文雄 位野木益雄)

目録

(一) 振出日昭和二八年二月五日、振出人原告株式会社高橋羅紗店、額面二五万円、振出地支払地東京都千代田区、支払場所株式会社三和銀行神田支店、支払日昭和二八年三月五日、受取人(裏書人)原告高橋久雄

(二) 額面三一九、一二五円、その他右(一)に同じ

(三) 額面五〇万円、支払日昭和二八年三月二四日、振出日の記載なしその他(一)に同じ

の約束手形

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